渡辺努(ナウキャスト&東京大学)
庄司俊章(ナウキャスト&成蹊大学)
本レポートは、株式会社インテージ、株式会社インテージリサーチ、株式会社ナウキャストが共同で実施する、企業の価格設定行動に関する研究プロジェクトの成果物である。また、本レポートに含まれる研究成果の一部は、日本学術振興会(基盤研究A、「長期デフレの原因・帰結・経済厚生」、課題番号:23H00046)及びキヤノングローバル戦略研究所から支援を得た。
今月のポイント
1.店舗の販売価格をもとに算出したCPINOWは、昨年夏以降、インフレ率の減速傾向を示している。イラン戦争の勃発後も、この傾向に大きな変化はみられない(図2)。企業規模別にみると、足元では大企業のインフレ率低下が顕著である(図3)。
2.一方、家計の購買履歴データをもとに算出した購買価格のインフレ率は、減速に歯止めがかかりつつある(図16)。流通チャネル別では、スーパーマーケットで減速が続いている一方、ホームセンターとドラッグストアでは、5月、6月とインフレ率が上昇している(図16)。
3.家計の「体感インフレ」は、戦争勃発直後に上昇したものの、その後は加速せず、月を追うごとに低下している。直近では、戦争勃発前とほぼ同じ水準に戻っている(図5)。その背景としては、第一に、政府のエネルギー補助金によって、消費者がエネルギー価格の上昇を直接経験せずに済んでいること、第二に、戦争の影響が川上の企業間取引にとどまっていることが挙げられる。
4.これに対して、家計の「インフレ予想」は、戦争勃発直後に大きく上昇し、その後も高い水準で推移した。ただし、足元の2026年5月、6月には、緩やかな低下がみられる(図5、図7)。
5.賃金の先行きに対する家計の見方は、戦争勃発後、緩やかながら悪化している(図9)。その背景には、年後半以降の雇用環境、特に来年の春闘に対する懸念があると考えられる。
6.実質賃金の先行きについても、家計の見方は引き続き悲観的である。実質賃金の上昇を予想する回答者は3%、横ばいを予想する回答者は13%にとどまる一方、低下を予想する回答者は84%に達している(図10)。
7.家計の購買数量は、2024年春以降、前年をわずかに下回る水準で推移してきたが、足元の2026年6月にはマイナス幅が拡大している。その主因は、購買金額の伸び率がプラスからマイナスに転じたことである(図12)。年代別にみると、30代から50代で落ち込みが大きい(図13)。また、所得階層別では、年収700万~900万円、および900万円超の比較的所得の高い層で、伸び率の低下が顕著である(図14)。
8.家計の購買履歴データから節約行動を分析すると、二つの代替行動が引き続き確認される(図16)。一つは、値上がり幅の大きい商品から小さい商品へと購入対象を切り替える「商品間の代替」である。もう一つは、距離が遠く利便性が低くても、より価格の安い店舗を利用する「店舗間の代替」である。家計は、これら二つの代替行動を通じて節約を続けている。
9.各家計が実際に経験したインフレ率と、その家計のインフレ予想との関係を分析すると、二つの特徴が確認された(図8)。第一に、実際に高いインフレを経験した家計ほど、インフレ予想も高い傾向がある。第二に、時期によっては、高いインフレを経験していない家計が、高いインフレを予想するケースもみられる。これらの結果は、インフレ・ショックが家計の予想に波及する過程を示唆している。すなわち、ショックの発生直後には、まず、その影響を実際に経験した家計がインフレ予想を引き上げる。その後、ショックを直接経験していない家計にも、メディア報道などを通じて情報が伝わり、インフレ予想の上昇が広がっていく、というメカニズムである。
インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合
約50,000の家計の購買履歴データを用いて、家計ごとのインフレ率をトルンクビスト方式で計測し、全家計のうちでインフレ率が日銀の目標である2%を超える家計の割合を算出した(図の赤線)。一方、企業については、食料品や日用雑貨などの消費財を製造販売しCPINOWに含まれる企業約6000社について、各企業が扱う全商品を対象としてその企業のインフレ率をトルンクビスト方式で計測した上で、全企業のうちでインフレ率が2%を超える企業の割合を算出した(図の青線)。
インフレ率2%を超える家計の割合は49.1%(2026年6月時点)、同じく2%を超える企業の割合は49.0%(2026年6月時点)である。どちらも昨年夏以降、低下傾向にあるが、2%を超える家計の割合については下げ止まりの兆しがみえてきている(49.0%(5月)→49.1%(6月))。イラン戦争に伴うエネルギー等の価格上昇の影響が家計に及び始めた可能性がある。
家計と企業を比べると、23年の企業のピークは65%であり、25年のピークも64%とほぼ同水準であるのに対して、家計のピークは23年が75%、25年が56%と大幅に下がっている。家計は、値上げ商品から値上げしていない商品へとシフトすることに加えて、購入チャネルについても、同じ商品を安く売る店舗に切り替えるといった、節約行動を強めてきたと考えられる。2%を超える家計の割合に下げ止まりの兆しがみられるという上記の結果は、そうした節約行動をもってしても、戦争に伴うエネルギー等の価格上昇の影響を完全に消すのが難しいことを示唆している。
図1:インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合
価格と数量の相関
CPINOWで測ったインフレ率(図の赤の折れ線グラフ)をみると、今回のインフレには2つの波があったことがわかる。最初の波は22年春から24年夏まで(ピークは23年夏)であり、第2の波は24年夏以降(ピークは25年夏)。現在は第2の波の減速局面にある。最初の波は米欧のインフレの日本への流入に伴うものであり、第2の波は主として国内要因(賃上げとコメ価格上昇)に起因するものである。
CPINOWの対象店舗における売上数量の前年比(青い棒グラフ)とインフレ率(赤線)の相関をみると、インフレが加速する局面では数量の伸びが鈍化する一方、インフレの減速局面では売上数量の伸びが改善する傾向がある。つまり、価格と数量の間には負の相関がある。
インフレが総需要曲線のシフトによって起きている場合は、価格と数量の相関の間に正の相関が観察される。一方、総供給曲線のシフトによって起きている場合は、負の相関が観察される。実際に観察された相関が負という事実は、2度の波をドライブしたのが総需要ではなく総供給ショックであることを示している。
ただし、26年6月については、価格上昇率が低下を続ける中で、数量の伸び率が前月と比べて悪化しており、相関が負から正に変わっている。足元は、総供給ショックだけでなく総需要ショック(負の総需要ショック)も影響を及ぼしている可能性を示唆している。
イラン戦争の影響は既に企業間取引の価格に現れているが、今後、家計の購買価格に波及し、第3の波を作ると見込まれる。
図2:価格と数量の相関
企業規模別のインフレ率
スーパー等で販売される商品(食品や日用雑貨)に付されているバーコードの情報を利用することで、例えば、日清食品の販売するすべての商品を集めて日清食品のインフレ率を推計することができる。この方法で約6,000社の企業について企業別のインフレ率をトルンクビスト方式で推計し、それを売上金額の大きい順に500社ずつグループ分けして企業規模別のインフレ率を算出した(期間は2021年4月から26年4月まで)。
左図をみると、トップ500社の企業のインフレ率(5年間の累積)は20.7%であり、それに次ぐ500社は17.4%と、それ以下の順位の企業を大きく上回っている。つまり、大企業(売上金額の大きい企業)のインフレ率は中小規模の企業との対比で高い傾向がある。今回のインフレ局面では、大企業がその高い価格支配力を活かして値上げを進め、主導的な役割を果たしてきたことを示唆している。
企業規模別のインフレ率の推移をみると(右図を参照)、22年春から24年春までの第一波ではインフレ率が企業規模に依存する傾向が強かった。例えば、第1波のピーク(23年夏)時のインフレ率は、上位100社は7.7%であったのに対して、上位500社は6.5%、上位1000社は5.9%と顕著な差があった。これとの対比では、第2波における規模間の差は小さい傾向がある。第2波のピーク(25年夏)時のインフレ率は、上位100社、500社、1000社でほとんど差がなかった。第2波以降は、大企業だけでなく、中堅企業も、コスト増を価格に転嫁できるという意味でのプライシングパワーを強めた可能性がある。
足元(26年5月と6月)は、上位100社の減速が下位の企業に比べて顕著であり、これまでと異なる傾向がみられる。中小企業は、過去の2度のインフレの波において、大企業との対比でコスト増の価格転嫁が不十分であり、足元、その分を取り戻そうとしている可能性がある。
図3:企業規模別のインフレ率
イラン戦争勃発後の駆け込み購入
スーパー等の店頭における売上金額をCPINOWでみると、全体としては停滞を続けているものの、一部の品目はイラン戦争勃発後の26年3月初めから売上が急増している。
左図は「日用紙製品」であり、青の棒グラフで示した売上の前年比が戦争勃発直後から急増していることがわかる(図のグレーのシャドーは戦争勃発後の時期を示す)。1973年の第1次石油危機や地震等の災害時にはトイレットペーパーの需要が急増したが、今回も同様の現象が起きた。一方、右図は「調理・キッチン用品」であり、食品用ラップを中心に戦争勃発後、売り上げが急増した(ただし、足元は売上増が収まっている)。これらの売上増加は、この先、品薄となることを見越して、家計が家庭内在庫を積み増す行動をとったことを示唆している。
ただし、これら品目の価格は、需要増にもかかわらず、これまでのところ、さほど上がっていない。左図の赤線は「日用紙製品」のインフレ率であるが、戦争の起こる前と後で目立った差は見られない。トイレットペーパーの需要増と価格上昇が同時に起きた第1次石油危機のときとは大きく異なっている。一方、右図の赤線で示した「調理・キッチン用品」のインフレ率は、戦争勃発直後はマイナスであったが、徐々にマイナス幅が縮小し、4月末以降は僅かながらプラスに転じている。ただし、2026年7月時点では、プラス幅はなお2%未満であり、加速の兆しも見られない。
図4:イラン戦争勃発後の駆け込み購入
インフレに関する家計の「実感」と「予想」
約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば、1年前と比べて物価が「かなり上がった」との回答が26年6月時点で67%を占めている(図の青い棒グラフ)。
イラン戦争勃発以降の推移をみると、戦争勃発直前の26年2月は66%であったが、勃発直後の3月は70%に上昇した。しかし、その後は加速することなく、僅かではあるが、逐月、低下してきている(6月の水準は勃発前とほぼ同水準の67%)。イラン戦争が「体感インフレ」を高めているのは事実だが、①政府のエネルギー補助金により消費者はエネルギー価格の上昇を体験せずにすんでいること、②川上(企業間取引)の価格上昇が消費者にいまだ及んでいないこと、といった事情から、「体感インフレ」の上昇は小幅にとどまっている。
一方、先行き1年間の物価に関する予想については、「かなり上がるだろう」との回答がイラン戦争の勃発とともに急増した(図の赤い棒グラフを参照。26年2月の33%から3月は46%に増加)。ただし、「インフレ予想」についても、加速する兆しは見られず、26年5月、6月と緩やかに減少しつつある。
図5:インフレに関する家計の「実感」と「予想」
ガソリン消費の有無とインフレ予想
イラン戦争に伴う原油価格の上昇は、家計のインフレ予想の上昇(石油関連だけでなく、商品全般の価格が上昇するとの予想)を誘発する可能性がある。その経路としては、(1)石油関連製品の値上げを実際に「経験」することが契機となってインフレ予想が上がる(「経験」効果)、(2)実際に値上げを経験することはないがメディア等で値上げの情報に接することがきっかけでインフレ予想が上がる(「情報」効果)が考えられる。
インフレ予想が上昇したか、上昇したとすればこの2つの効果のどちらなのかを知るために、ガソリンを消費する家計と消費しない家計の間でインフレ予想がどのように異なるかを調べた(調査時点は2026年6月末)。
図の赤色で示した棒グラフは10%以上のインフレを予想した家計の割合を示しており(調査時点は26年6月末)、ここから、(1)ガソリンの購入頻度にかかわらず、戦争勃発前の2026年2月の数字よりも高い、(2)ガソリンの購入頻度別にみると、ガソリンを頻繁に購入する家計で最も高く、購入頻度が下がるにつれて割合が下がる、という傾向が確認できる。(1)の結果は「情報」効果が働いていることを、また(2)の結果は「経験」効果が働いていることを示している。なお、同様の傾向は26年3月末、4月末、5月末に実施した調査でも確認されており、持続性がある。
3月19日出荷分からガソリン補助金が再開されており、ガソリンを頻繁に購入する家計が、現時点で、実際に値上げを「経験」しているわけではない。それにもかかわらず頻繁に購入する家計のインフレ予想が高いという事実は、ガソリン補助金の持続性可能性に疑念を抱いている可能性を示唆している。
図6:ガソリン消費の有無とインフレ予想
家計のインフレ予想
約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば(左図、各月の調査時点は月末)、インフレ予想は徐々に低下する傾向にあったが、イラン戦争勃発後の26年3月は、「10‐20%」、あるいは「20%超」といった高いインフレを見込む家計が顕著に増加した。26年4月と5月は、「10‐20%」と「20%超」が引き続き高い割合であった。しかし、26年6月は、「10‐20%」と「20%超」が前月との比較で減少している。イラン戦争に伴うインフレ予想の上昇が一段落しつつあることを示している。
インフレ予想を年代別にみると(右図)、若年層が低く、年齢が上がるにつれてインフレ予想が高まる傾向が見られる(インフレ予想のコーホート効果については渡辺努『物価とは何か』第3章を参照)。イラン戦争の勃発直後の26年3月と4月は、どの世代でもインフレ予想が顕著に上昇したものの、26年5月には20代でインフレ予想が大きく下がったほか、他の世代も頭打ちとなった。26年6月は、すべての世代でインフレ予想が前月対比、低下している。
6月にインフレ予想が下がった背景としては、6月18日に米国とイランの間で覚書への署名が行われたことが考えられる。ただし、停戦合意が実効性を失っていることを踏まえると、インフレ予想の再上昇もあり得るだろう。
図7:家計のインフレ予想
家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」の相関
各家計が実際に経験したインフレと、その家計のインフレ予想はどう関係しているだろうか。その点を調べるために、例えば25年9月であれば、9月末に実施したアンケート調査でのインフレ予想に関するある家計の回答と、その家計の25年7月から9月までの3か月間における購買履歴データを用いて算出したインフレ率(商品間のウエイトはラスパイレスのウエイトを使用)とをペアにして分析を行った。
上図の25年9月の左端の青い棒グラフは、アンケート調査で20%以上のインフレを予想した家計群が25年7月~9月に実際に経験したインフレ率の平均値を表している。同様に、左端から2番目のオレンジ色の棒グラフは、アンケート調査で10%以上のインフレを予想した家計群が実際に経験したインフレ率の平均値を表している。
25年9月の結果をみると、青い棒グラフは他よりも高く、インフレ予想が20%以上と高かった家計は実際に高いインフレを経験したことを示している。同様の傾向は、25年10月についても確認できる。インフレ予想の形成に関する最近の研究では、家計が高いインフレを経験するとインフレ予想が高まると考えられている。ここでの結果は、こうした「経験効果」が当てはまることを示している。
ただし、青い棒グラフが常に最も高いわけではない。例えば、25年11月の結果をみると、青い棒はその隣のオレンジの棒よりも低い。足元(26年5月と6月)も同じく、青い棒が低くなっている。
高いインフレを経験していない家計が高いインフレを予想するという現象は、経験効果だけでは説明しにくい。このことは、家計のインフレ予想が、自らの経験以外の要因によっても変動する可能性を示唆している。例えば、Christopher Carrollは2006年の論文“The Epidemiology of Macroeconomic Expectations”において、家計はインフレに関するメディア報道に「感染」することで、インフレ予想を更新すると主張している。この議論に基づけば、インフレ・ショックが発生した際には、まず、そのショックを実際に経験した家計がインフレ予想を引き上げる。その後、ショックを必ずしも直接経験していない家計にも、メディア報道を通じて情報が伝わり、インフレ予想の上昇が波及していく、というメカニズムが考えられる。
図8:家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」の相関
自らの賃金に関する家計の予想
約20,000の家計を対象とするアンケート調査で自分の賃金が1年前と比べてどう変化したかを尋ねると、21%の家計が「賃金は上昇した」と回答(調査時点は26年6月末時点)。足元の賃金が上昇したと認識する家計の割合は、23年春以降の春闘での高い賃上げを反映して、23年3月以降、徐々に増えてきた。ただし、昨年後半以降は、改善が頭打ちになっている。
一方、自分の賃金の先行きに関する設問では、自分の賃金がこの先1年間で上昇するとの回答は14%にとどまっている(調査時点は26年6月末時点)。イラン戦争勃発直前の26年2月は17%であったが、勃発後は16%(26年3月)→15%(26年4月)→15%(26年5月)→14%(26年6月)と、僅かではあるが下がってきている。イラン戦争が来年の春闘での賃上げに悪影響を及ぼすと家計が予想している可能性がある。
図9:自らの賃金に関する家計の予想
自らの実質賃金に関する家計の予想
約20,000の家計を対象としたアンケート調査で尋ねた「自分の賃金の先行き」に関する回答(図10)を「物価の先行き」に関する回答(図5)と組み合わせることにより、実質賃金の先行きに関する予想を調べた。例えば、先行きの賃金は「据え置きだろう」と回答した家計が、先行きの物価について「かなり上がるだろう」と回答した場合、実質賃金については「下がるだろう」との予想と解釈した。
26年6月時点では、84%の家計が実質賃金の低下を予想しており、実質賃金据え置きの予想が13%、実質賃金上昇の予想が3%であり、実質賃金に関して悲観的な見方が非常に多い。イラン戦争勃発前の26年2月と比べると、賃金の先行きに関する見方が僅かではあるが悪化する一方(図9を参照)、先行きの物価が上がるとの見方が増えており(図5を参照)、その結果、実質賃金が下がるとの悲観的な見方が顕著に増えている。
なお、ウクライナ戦争の勃発直後の22年5月も実質賃金の予想が顕著に悪化したが、このときも、賃金の先行きに関する見方が僅かに悪化する一方、先行きの物価が上がるとの見方が急増した。ウクライナ戦争とイラン戦争は、同じメカニズムで実質賃金の先行きに関する家計の予想を悪化させたことを示している。
図10:自らの実質賃金に関する家計の予想
家計の値上げ耐性
約20,000の家計を対象としたアンケート調査で、「馴染みの店でいつも買っている商品の値段が10%上がった」との状況設定の下で、どう対応するかを尋ねた。具体的には、「何も変わらない。それまでと同じように、その店でその商品を同じ量、買い続ける」という対応に対して、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」という4つの選択肢を示して尋ねた(それぞれが図の横軸の1、2、3、4に対応)。同様に、「その商品をその店で買うのをやめる。その商品を値上げせずに売っている別な店を探す」という対応に対して当てはまるか否かを尋ねた。
「何も変わらない」との対応への回答をみると(左図)、21年4月の調査では、「当てはまる」が40%に対して「あまり当てはまらない」が47%と、否定的な見方が多かった。一方、「他店に移る」という反応への回答をみると(右図)、21年4月の調査では、「よく当てはまる」「かなり当てはまる」が多かった。デフレ期には、値上げに直面すると他店に逃げる家計が多かったことを示している。
この傾向に変化が見られたのが22年5月であり、「他店に逃げる」が減る一方で「何も変わらない」が増えた。22年2月のウクライナ戦争勃発を契機として、値上げに直面しても逃げない傾向、つまり、値上げ耐性が強まったと解釈できる。
イラン戦争勃発の前後でみると、「何も変わらない」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合は、48%(26年2月)→46%(3月)→47%(4月)→46%(5月)→48%(6月)であり、戦争勃発後に減少したものの、26年6月は戦争前の水準まで戻してきている。一方、「他店に逃げる」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合は、57%(26年2月)→56%(3月)→56%(4月)→54%(5月)→52%(6月)であり、戦争勃発前と比べて僅かながら減少しつつある。これらの結果は、家計の値上げ耐性が戦争勃発直後は弱まったものの、その後、緩やかに回復しつつあることを示唆している。
図11:家計の値上げ耐性
家計の購買価格と購買数量
約20,000の家計の購買履歴データを用いて家計が購買する価格に関するインフレ率をトルンクビスト方式で算出すると(図の青線)、23年夏をピークとする第1波と25年春をピークとする第2波があり、現在は第2波の減速局面にあることが確認できる。スーパー等の店頭での販売価格と概ね同じ推移を辿っている(図2を参照)。ただし、第1波の販売価格のピーク時のインフレ率は8%であったのに対して購買価格の方は5.5%と開きがある。第2波についても同様で、ピーク時の販売価格インフレは6.8%であったのに対して購買価格は4%と開きがある。家計の購買価格には、近場の店舗の値段が高い場合、遠くても値段の安い店舗まで出向くといった、家計の節約行動が反映されているためと考えられる。
赤の実線は家計の購買数量の前年比であり、赤の破線は当月と前年の同じ月の両方の時点で存在する商品を対象として購買数量の変化率を表している(インフレ率の計算では両時点で存在する商品を対象としているのでそれと平仄を合わせるため)。これに対して、赤の実線は当月と前年の同月のどちらか片方にしか存在しない商品も購買数量の変化率を計算する際の対象としている。
赤実線をみると、購買数量は23年秋までは前年を上回っていたが、その後は前年を僅かに下回る形で推移してきた。足元は、マイナス幅が拡大している(▲1.1%(26年5月)→▲5.3%(26年6月))。26年6月のマイナス幅拡大の主因は、購買金額の伸びがプラスからマイナスに転じたためであり(+0.2%(26年5月)→▲4.2%(26年6月))、家計の購買行動が慎重化している可能性を示唆している。
図12:家計の購買価格と購買数量
家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率
購買価格インフレ率を家計の年代別にみると(左図)、26年1月は、60代が最も高く、それとの対比では若年層は低い傾向があった。その後、60代のインフレ率が逐月、低下した一方、30代から50代のインフレ率は一進一退であり、足元(2026年6月)は50代のインフレ率が最も高くなっている。ただし、年代間の差は精々1%ポイントであり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、年代間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を年代別にみると(右図)、足元(2026年6月)は20代の伸び率が改善しているものの、それ以外の世代では押しなべて悪化している。特に、30代、40代、50代の伸び率の低下が目立つ。この世代の足元(2026年6月)のインフレ率が高いことと整合的である。
ただし、他の月を見ると、インフレ率と購買数量の伸び率の間に常に負の相関があるわけではない。購買数量の伸び率の年代間の差は、購買価格だけではなく、他の要因の影響も大きく受けている。
図13:家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率
家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率
購買価格インフレ率を家計の所得階層別にみると(左図)、26年1月は、年収700万から900万の層が最も高く、2月以降についても、年収の高い層で高い傾向があった。足元(2026年6月)は全般にインフレ率が低下する中で、所得の高い層(700万‐900万、900万超)のインフレ率が高まっている。ただし、インフレ率の格差は精々0.5%ポイント程度であり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、所得階層間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を所得階層別にみると(右図)、足元(2026年6月)は、すべての所得階層でマイナス幅が拡大している。特に、所得の高い層(700万‐900万、900万超)で購買数量の伸び率悪化が顕著である。
図14:家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率
コメを消費する家計と消費しない家計の比較
コメ価格の変動が家計に及ぼす影響をみるために、約30,000の家計を対象として、コメを消費する家計と消費しない家計に分けた上で、両者の差を調べた。コメ価格の上昇はコメを消費する家計を直撃する一方、コメを消費しない家計に対しては少なくとも直接的な影響はない。したがって、両者の差をみることにより、コメ価格上昇の影響を捉えることができる。ただし、コメを消費するか否かは家計が意思決定することであり、家計は二つのグループにランダムに振り分けられているわけではない。この点を考慮するために、コメを消費するか否かが家計のどの属性によって決まるかを推計した上で、コメを消費しない家計のそれぞれについて、その家計と類似の属性の家計をコメを消費するグループから抽出し、その上で比較する方法を採った(傾向スコアマッチング)。
左図は、コメ以外の品目の購入数量が両グループ間でどのように異なるかを調べた結果である。赤実線はコメ価格の前年比であり、価格上昇が24年6月に始まり、25年4月には59%に達したが、その後は前年比が低下し、足元はほぼゼロ%となっている。青い棒グラフは、コメ以外の品目の購入数量の差(コメ消費家計から非消費家計を差し引いたもの)である。24年6月にコメ価格の上昇が始まるとその直後に両者の差はマイナスになった。つまり、コメ消費家計は、コメ以外の品目の購入を、非消費家計との対比において控える行動をとった。しかし、25年4月以降、コメ価格の上昇率が低下するにつれ、両者の差が縮小し、足元は差がほぼなくなっている。コメ価格上昇がコメ以外の品目の購入に及ぼす影響は現時点ではほぼないと言ってよい。
右図はコメ以外の品目の購入価格が両グループ間でどの程度違うかをみたものである。左図と同じく、コメ価格の上昇が始まると青い棒グラフがマイナスに転じたことが確認できる。コメ消費家計は、コメ価格上昇に伴い、コメ以外の品目を購入する際に、特売日など価格の安い時期に購入する、あるいは、購入する商品をダウングレードするなどの工夫により購入価格を下げたことを示している。両グループ間の差は、昨年末から今年初めにかけていったん逆転したが、足元は再び差が開きつつある。
図15:コメを消費する家計と消費しない家計の比較
家計の節約行動
インフレ下における家計の節約行動の効果を計測するため、いくつかのインフレ指標を計測した。まず、家計の購買履歴データを用いて、約350社の小売企業それぞれについて商品別の単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した。左図の“Posted prices: Laspeyres”は、集計の際にラスパイレスのウエイトを用いた場合、また、 “Posted prices: Tornqvist”はトルンクビストのウエイトを用いた場合である。両者の差は、値上げ率の高い商品から低い商品への切り替えという、「商品間の代替」がもたらす節約効果を表している。次に、同じ購買履歴データを用いて、今度は、小売企業のそれぞれについて商品単価を算出するのではなく、小売企業全体での単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した(左図の“Effective prices: Tornqvist”)。この指標には、価格の安い店舗に消費者が移動する「店舗間の代替」の効果が反映されている。
これら指標の足元(2026年6月)の動きをみると、“Posted prices: Laspeyres”と“Posted prices: Tornqvist”の差は約1.0%ポイントと大きく、前月と対比でギャップは縮小していない。家計が「商品間の代替」による節約を引き続き積極的に進めていることを示している。一方、“Posted prices: Tornqvist”と“Effective prices: Tornqvist”を比較すると、“Effective prices: Tornqvist”が引き続き低下しているのに対して、“Posted prices: Tornqvist”は低下に歯止めがかかっており、差が拡大している。「店舗間の代替」による節約が続いていることを示唆している。
左図の“Posted prices”が足元で反転している状況を詳しく見るために、右図では“Posted prices”を流通チャネル別に示している。「オンライン」と「スーパーマーケット」は伸び率の鈍化傾向が続いているものの、「ホームセンター」と「ドラッグストア」は、26年4月を底に、5月、6月と上昇している。ホームセンターでは石油由来の商品(ラップ、ゴミ袋、シンナーなど)に対する需要増にも支えられ売上が増加しており、それが価格上昇につながっている可能性がある。
図16:家計の節約行動
インフレの原因に関する家計の認識
2022年春以降のインフレは何が原因で起きたのか。その点を家計がどう認識しているかを探るため、約20,000の家計を対象に、インフレの原因として15の候補を提示し、それぞれについて、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」「わからない・答えたくない」から選択してもらった(調査時点は26年6月末)。
多くの家計がインフレの原因として指摘したのが戦争とそれに伴う原油高である。「原油高」「イラン戦争」「ウクライナ戦争」が上位を占めた。これに続くのが経済政策の失敗であり、「円安」「政府の財政政策」「日銀の金融政策」を挙げる家計が多かった。なお、「アベノミクス」については、「よく当てはまる」が多い一方で、「まったく当てはまらない」との回答も多く、意見のバラツキが大きい。
多くの家計は、今回のインフレを戦争など海外に由来するものと考えていること、そして、適切な経済対策が打たれないために、インフレが長引いていると考えていることを示している。この結果は、前回(26年5月)調査と同じである。
これに対して、インフレが国内の要因で起きているとの家計の確信はそれほど強くない。インフレの原因として「需要過多」を挙げる家計が少ないのは理解できるとして、「企業の貪欲な利益追求」を原因として挙げた家計も少ない。また、「人手不足」「供給不足」といった供給要因でインフレが起きたとの見方も少ない。
なお、「賃上げに伴う人件費増の転嫁」(“Higher labor costs from wage increases”)は、青が少ない割にオレンジが多く、肯定的な見方が約6割にのぼる。自分自身の賃上げは実感できていないが、社会のどこかでは賃上げが起こっているらしいとの人々の認識を反映している可能性がある。
図17:インフレの原因に関する家計の認識
全国15歳~79歳の男女70,000人の消費者から継続的に収集している日々の買い物データです。食品、飲料、日用雑貨品、化粧品、医薬品、タバコなど、バーコードが付与された商品について、「誰が・いつ・どこで・何を・いくつ・いくらで、購入したのか」という消費者の購買状況を知ることができます。
※SCIでは、統計的な処理を行っており、調査モニター個人を特定できる情報は一切公開しておりません。
調査概要
調査名 :物価に関するアンケート調査
調査内容:現在・将来の物価/賃金の認識、物価上昇時の行動、日々の消費行動、幸福度とその要因等
調査対象:ネットモニターおよび SCI® モニター
調査期間:2016年3月、2017年2月、2018年5月、2019年3月、2020年3月、2021年4月、2022年5月、2023年3月、2024年3月、2025年3月、9月〜2026年6月
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