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インテージ・インフレーション・トラッカー(26年6月)

渡辺努(ナウキャスト&東京大学)

庄司俊章(ナウキャスト&成蹊大学)


本レポートは、株式会社インテージ、株式会社インテージリサーチ、株式会社ナウキャストが共同で実施する、企業の価格設定行動に関する研究プロジェクトの成果物である。また、本レポートに含まれる研究成果の一部は、日本学術振興会(基盤研究A、「長期デフレの原因・帰結・経済厚生」、課題番号:23H00046)及びキヤノングローバル戦略研究所から支援を得た。

今月のポイント


1.店舗の販売価格をもとに算出するCPINOWは、昨年夏以降、インフレ率の減速傾向を示している。イラン戦争の勃発後も減速傾向に変化は見られない(図2)。家計の購買履歴データをもとに算出した家計の購買価格も同じくインフレの減速傾向を示している(図11)。


2.イラン戦争の勃発直後から、トイレットペーパーや食品ラップなど一部の品目で駆け込み的な売上増がみられた(図4)。ただし、これらの品目の価格は需要増にもかかわらず、さほど上がっていない。


3.家計の「体感インフレ」は、戦争勃発直後の3月に上昇したが、その後は加速することなく、僅かではあるが、逐月、低下しており、直近(調査時点は26年5月末)では勃発前とほぼ同水準となっている(図5)。この背景には、①政府のエネルギー補助金により消費者はエネルギー価格の上昇を体験せずにすんでいる、②川上(企業間取引)の価格上昇が消費者にいまだ及んでいない、といった事情がある。


4.一方、家計の「インフレ予想」は、戦争勃発直後に上昇した後、高い水準を維持している。ただし、加速の兆しは見られない(図5)。


5.賃金の先行きに関する家計の予想は、戦争勃発後、やや悪化した(図8)。背景には、年後半以降の雇用環境、特に来年の春闘に関する懸念があると考えられる。


6.実質賃金の先行きについては、上昇を予想する回答者が3%、据え置きが13%、低下が84%と、引き続き悲観的な見方が多い(図9)。


7.家計の購買履歴データを用いて家計の節約行動を調べると(図14)、①値上がり幅の大きい商品から小さい商品へのシフト(「商品間の代替」)、②遠方で不便だが値段の安い店舗まで出向く(「店舗間の代替」)という、2つの代替による節約が続いている。


8.2022年春以降のインフレの原因を家計に尋ねると(図17)、多くの家計が戦争とそれに伴う原油高を挙げた。これに続くのが経済政策の失敗であり、「円安」「政府の財政政策」「日銀の金融政策」を挙げる家計が多かった。これに対して、インフレの責めを、「企業の貪欲な利益追求」や「企業の便乗値上げ」など、企業に負わせる見方は少ない。また、「人手不足」「賃上げ分の価格転嫁」といった労働市場の要因でインフレが起きたとの見方も少ない。


9.インフレの原因を経済政策の失敗とした回答者のインフレ予想と、そうでないとした回答者のインフレ予想を比較すると、前者が後者を大きく上回る(図18)。経済政策の失敗をインフレの原因とみなす家計は、そうした失敗は一過性ではなく、今後も続き、持続的なインフレをもたらすと考えている可能性がある。


インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合

約50,000の家計の購買履歴データを用いて、家計ごとのインフレ率をトルンクビスト方式で計測し、全家計のうちでインフレ率が日銀の目標である2%を超える家計の割合を算出した(図の赤線)。一方、企業については、食料品や日用雑貨などの消費財を製造販売しCPINOWに含まれる企業約6000社について、各企業が扱う全商品を対象としてその企業のインフレ率をトルンクビスト方式で計測した上で、全企業のうちでインフレ率が2%を超える企業の割合を算出した(図の青線)。
インフレ率2%を超える家計の割合は49.0%(2026年5月時点)、同じく2%を超える企業の割合は53.8%(2026年5月時点)であり、どちらも昨年夏以降、低下傾向にあり、特に2%を超える家計の割合は50%を下回る水準まで低下した。イラン戦争に伴うエネルギー等の価格上昇の影響はまだ現れていない。
家計と企業を比べると、23年の企業のピークは65%であり、25年のピークも64%とほぼ同水準であるのに対して、家計のピークは23年が75%、25年が56%と大幅に下がっている。家計は、今回のインフレ局面において、値上げ商品から値上げしていない商品へとシフトすることに加えて、購入チャネルについても、同じ商品を安く売る店舗に切り替えるといった、節約行動を強めてきた可能性を示唆している。

図1:インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合

価格と数量の相関

CPINOWで測ったインフレ率(図の赤の折れ線グラフ)をみると、今回のインフレには2つの波があったことがわかる。最初の波は22年春から24年夏まで(ピークは23年夏)であり、第2の波は24年夏以降(ピークは25年夏)。現在は第2の波の減速局面にある。最初の波は米欧のインフレの日本への流入に伴うものであり、第2の波は主として国内要因(賃上げとコメ価格上昇)に起因するものである。
CPINOWの対象店舗における売上数量の前年比(青い棒グラフ)とインフレ率(赤線)の相関をみると、インフレが加速する局面では数量の伸びが鈍化する一方、インフレの減速局面では売上数量の伸びが改善する傾向がある。つまり、価格と数量の間には負の相関がある。
インフレが総需要曲線のシフトによって起きている場合は、価格と数量の相関の間に正の相関が観察される。一方、総供給曲線のシフトによって起きている場合は、負の相関が観察される。実際に観察された相関が負という事実は、2度の波をドライブしたのが総需要ではなく総供給ショックであることを示している。
25年夏以降のインフレ減速局面では、インフレ率が低下する一方、売上数量の伸び率には明確な改善が見られなかったが、26年4月と5月は数量が改善しており、第1波と第2波で観測されてきた負の相関と同様の傾向が確認できる。
イラン戦争の影響は既に企業間取引の価格に現れているが、今後、家計の購買価格に波及し、第3の波を作ると見込まれる。

図2:価格と数量の相関

企業規模別のインフレ率

スーパー等で販売される商品(食品や日用雑貨)に付されているバーコードの情報を利用することで、例えば、日清食品の販売するすべての商品を集めて日清食品のインフレ率を推計することができる。この方法で約6,000社の企業について企業別のインフレ率をトルンクビスト方式で推計し、それを売上金額の大きい順に500社ずつグループ分けして企業規模別のインフレ率を算出した(期間は2021年4月から26年4月まで)。
左図をみると、トップ500社の企業のインフレ率(5年間の累積)は20.7%であり、それに次ぐ500社は17.4%と、それ以下の順位の企業を大きく上回っている。つまり、大企業(売上金額の大きい企業)のインフレ率は中小規模の企業との対比で高い傾向がある。今回のインフレ局面では、大企業がその高い価格支配力を活かして値上げを進め、主導的な役割を果たしてきたことを示唆している。
企業規模別のインフレ率の推移をみると(右図を参照)、22年春から24年春までの第一波ではインフレ率が企業規模に依存する傾向が強かった。例えば、第1波のピーク(23年夏)時のインフレ率は、上位100社は7.7%であったのに対して、上位500社は6.5%、上位1000社は5.9%と顕著な差があった。これとの対比では、第2波における規模間の差は小さい傾向がある。第2波のピーク(25年夏)時のインフレ率は、上位100社、500社、1000社でほとんど差がなかった。第2波以降は、大企業だけでなく、中堅企業も、コスト増を価格に転嫁できるという意味でのプライシングパワーを強めた可能性がある。
ただし、足元(2026年5月)は、上位100社の減速が下位の企業に比べて顕著であり、これまでと異なる傾向がみられる。

図3:企業規模別のインフレ率

イラン戦争勃発後の駆け込み購入

スーパー等の店頭における売上金額をCPINOWでみると、全体としては停滞を続けているものの、一部の品目はイラン戦争勃発後の26年3月初めから売上が急増している。
左図は「日用紙製品」であり、青の棒グラフで示した売上の前年比が戦争勃発直後から急増していることがわかる(図のグレーのシャドーは戦争勃発後の時期を示す)。1973年の第1次石油危機や地震等の災害時にはトイレットペーパーの需要が急増したが、今回も同様の現象が起きている。一方、右図は「調理・キッチン用品」であり、食品用ラップを中心に戦争勃発後、売り上げが急増している。これらの売上増加は、この先、品薄となることを見越して、家計が家庭内在庫を積み増す行動をとっていることを示唆している。
ただし、これら品目の価格は、需要増にもかかわらず、これまでのところ、さほど上がっていない。左図の赤線は「日用紙製品」のインフレ率であるが、戦争の起こる前と後で目立った差は見られない。トイレットペーパーの需要増と価格上昇が同時に起きた第1次石油危機のときとは大きく異なっている。一方、右図の赤線で示した「調理・キッチン用品」のインフレ率は、戦争勃発直後はマイナスであったが、徐々にマイナス幅が縮小し、4月末以降はプラスに転じている。ただし、2026年6月時点では、プラス幅はなお小さく、加速する兆しも見られない。

図4:イラン戦争勃発後の駆け込み購入

インフレに関する家計の「実感」と「予想」

約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば、1年前と比べて物価が「かなり上がった」との回答が26年5月時点で67%を占めている(図の青い棒グラフ)。
イラン戦争勃発以降の推移をみると、戦争勃発直前の26年2月は66%であったが、勃発直後の3月は70%に上昇した。しかし、その後は加速することなく、僅かではあるが、逐月、低下してきている(5月の水準は勃発前とほぼ同水準の67%)。イラン戦争が「体感インフレ」を高めているのは事実だが、①政府のエネルギー補助金により消費者はエネルギー価格の上昇を体験せずにすんでいること、②川上(企業間取引)の価格上昇も消費者にいまだ及んでいないこと、といった事情から、「体感インフレ」の上昇は小幅にとどまっている。
一方、先行き1年間の物価に関する予想については、「かなり上がるだろう」との回答がイラン戦争の勃発とともに増えている(図の赤い棒グラフを参照。26年2月の33%から3月は46%に増加)。ただし、「インフレ予想」についても、加速する兆しは見られず26年5月は4月に比べ、僅かながら減少した。

図5:インフレに関する家計の「実感」と「予想」

ガソリン消費の有無とインフレ予想

イラン戦争に伴う原油価格の上昇は、家計のインフレ予想の上昇(石油関連だけでなく、商品全般の価格が上昇するとの予想)を誘発する可能性がある。その経路としては、(1)石油関連製品の値上げを実際に「経験」することが契機となってインフレ予想が上がる(「経験」効果)、(2)実際に値上げを経験することはないがメディア等で値上げの情報に接することがきっかけでインフレ予想が上がる(「情報」効果)が考えられる。
インフレ予想が上昇したか、上昇したとすればこの2つの効果のどちらなのかを知るために、ガソリンを消費する家計と消費しない家計の間でインフレ予想がどのように異なるかを調べた(調査時点は2026年5月末)。
図の赤色で示した棒グラフは10%以上のインフレを予想した家計の割合を示しており、ここから、(1)ガソリンの購入頻度にかかわらず、戦争勃発前の2026年2月の数字よりも高い、(2)ガソリンの購入頻度別にみると、ガソリンを頻繁に購入する家計で最も高く、購入頻度が下がるにつれて割合が下がる、という傾向が確認できる。(1)の結果は「情報」効果が働いていることを、また(2)の結果は「経験」効果が働いていることを示している。なお、同様の傾向は26年3月末、4月末に実施した調査でも確認されていた。
3月19日出荷分からガソリン補助金が再開されており、ガソリンを頻繁に購入する家計が、現時点で、実際に値上げを「経験」しているわけではない。それにもかかわらず頻繁に購入する家計のインフレ予想が高いという事実は、ガソリン補助金の持続性可能性に疑念を抱いている可能性を示唆している。

図6:ガソリン消費の有無とインフレ予想

家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」

約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば、インフレ予想は徐々に低下する傾向にあったが、イラン戦争勃発後の26年3月は(調査時点は3月末)、「10‐20%」、あるいは「20%超」といった高いインフレを見込む家計が顕著に増加した。26年4月と5月(調査時点はそれぞれ4月末と5月末)は、「10‐20%」と「20%超」が引き続き高い割合となっており、インフレ予想の高止まりを示している。ただし、インフレ予想の上昇が加速する兆しは見られない。
なお、図の赤線は、家計の購買履歴データを用いて各家計のインフレ率を算出した結果を示している(計測時点は2024年)。インフレ率2-5%の辺りにピークがあり、今回のインフレ局面で多くの家計がその程度のインフレを経験してきたことを示している。また、赤線はインフレ予想の分布との対比では左に位置しており、インフレに関する各家計の「予想」が、各家計が実際に「経験」してきたインフレ率を大きく上回っていることを示している。
赤線は各商品のインフレ率を集計する際のウエイトとして支出金額のシェアを用いている。しかし、家計のインフレ予想は頻繁に買う商品の価格に影響を受けるという見方がある。この可能性を考慮するため、図の緑線では、各商品の購入頻度をウエイトとして用いた(計測時点は同じく2024年)。インフレ率は幾分高くなっているが、引き続き予想インフレ率を大きく下回っており、家計のインフレ予想の高さは購入頻度では説明がつかない。

図7:家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」

自らの賃金に関する家計の予想

約20,000の家計を対象とするアンケート調査で自分の賃金が1年前と比べてどう変化しているかを尋ねると、21%の家計が「賃金は上昇した」と回答(調査時点は26年5月末時点)。足元の賃金が上昇したと認識する家計の割合は、23年3月以降、徐々に増えてきた。23年春以降の春闘での高い賃上げを反映している。ただし、昨年後半以降は、改善が頭打ちになっている。
一方、自分の賃金の先行きに関する設問では、自分の賃金がこの先1年間で上昇するとの回答は15%にとどまっている(調査時点は26年5月末時点)。イラン戦争勃発直前の26年2月は17%であったが、勃発後は16%(26年3月)→15%(26年4月)→15%(26年5月)と、僅かではあるが下がってきている。イラン戦争が来年の春闘での賃上げに悪影響を及ぼすと家計が予想している可能性がある。

図8:自らの賃金に関する家計の予想

自らの実質賃金に関する家計の予想

約20,000の家計を対象としたアンケート調査で尋ねた「自分の賃金の先行き」に関する回答(図8)を「物価の先行き」に関する回答(図5)と組み合わせることにより、実質賃金の先行きに関する予想を調べた。例えば、先行きの賃金は「据え置きだろう」と回答した家計が、先行きの物価について「かなり上がるだろう」と回答した場合、実質賃金については「下がるだろう」との予想と解釈した。
26年5月時点では、84%の家計が実質賃金の低下を予想しており、実質賃金据え置きの予想が13%、実質賃金上昇の予想が3%であり、実質賃金に関して悲観的な見方が非常に多い。イラン戦争勃発前の26年2月と比べると、賃金の先行きに関する見方が僅かではあるが悪化する一方(図8を参照)、先行きの物価が上がるとの見方が増えており(図5を参照)、その結果、実質賃金が下がるとの悲観的な見方が顕著に増えている。
なお、ウクライナ戦争の勃発直後の22年5月も実質賃金の予想が顕著に悪化したが、このときも、賃金の先行きに関する見方が僅かに悪化する一方、先行きの物価が上がるとの見方が急増した。ウクライナ戦争とイラン戦争は、同じメカニズムで実質賃金の先行きに関する家計の予想を悪化させたことを示している。

図9:自らの実質賃金に関する家計の予想

家計の値上げ耐性

約20,000の家計を対象としたアンケート調査で、「馴染みの店でいつも買っている商品の値段が10%上がった」との状況設定の下で、どう対応するかを尋ねた。具体的には、「何も変わらない。それまでと同じように、その店でその商品を同じ量、買い続ける」という対応に対して、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」という4つの選択肢を示して尋ねた(それぞれが図の横軸の1、2、3、4に対応)。同様に、「その商品をその店で買うのをやめる。その商品を値上げせずに売っている別な店を探す」という対応に対して当てはまるか否かを尋ねた。
「何も変わらない」との対応への回答をみると(左図)、21年4月の調査では、「当てはまる」が40%に対して「あまり当てはまらない」が47%と、否定的な見方が多かった。一方、「他店に移る」という反応への回答をみると(右図)、21年4月の調査では、「よく当てはまる」「かなり当てはまる」が多かった。デフレ期には、値上げに直面すると他店に逃げる家計が多かったことを示している。
この傾向に変化が見られたのが22年5月であり、「他店に逃げる」が減る一方で「何も変わらない」が増えた。22年2月のウクライナ戦争勃発を契機として、値上げに直面しても逃げない傾向、つまり、値上げ耐性が強まったと解釈できる。
ただし、値上げ耐性の強さは、25年3月調査以降、徐々に弱まる傾向があり、足元(26年5月)もその傾向が続いている。例えば、「何も変わらない」に対して「当てはまる」と回答した人の割合は徐々に低下する一方、「他店に逃げる」に対して「当てはまる」と回答した人の割合は徐々に増えており、デフレ期(21年4月)のレベルに迫っている。
イラン戦争勃発の前後でみると、「何も変わらない」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合は、48%(26年2月)→46%(3月)→47%(4月)→46%(5月)とほぼ横這いである。一方、「他店に逃げる」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合も、57%(26年2月)→56%(3月)→56%(4月)→54%(5月)とほぼ横這いである。ウクライナ戦争直後は値上げ耐性が顕著に高まったのと対照的である。

図10:家計の値上げ耐性

家計の購買価格と購買数量

約20,000の家計の購買履歴データを用いて家計が購買する価格に関するインフレ率をトルンクビスト方式で算出すると(図の青線)、23年夏をピークとする第1波と25年春をピークとする第2波があり、現在は第2波の減速局面にあることが確認できる。スーパー等の店頭での販売価格と概ね同じ推移を辿っている(図2を参照)。ただし、第1波の販売価格のピーク時のインフレ率は8%であったのに対して購買価格の方は5.5%と開きがある。第2波についても同様で、ピーク時の販売価格インフレは6.8%であったのに対して購買価格は4%と開きがある。家計の購買価格には、近場の店舗の値段が高い場合、遠くても値段の安い店舗まで出向くといった、家計の節約行動が反映されているためと考えられる。
赤の実線は家計の購買数量の前年比であり、赤の破線は当月と前年の同じ月の両方の時点で存在する商品を対象として購買数量の変化率を表している(インフレ率の計算では両時点で存在する商品を対象としているのでそれと平仄を合わせるため)。これに対して、赤の実線は当月と前年の同月のどちらか片方にしか存在しない商品も購買数量の変化率を計算する際の対象としている。
赤実線をみると、購買数量は23年秋までは前年を上回っていたが、その後は前年を僅かではあるが下回って推移している。イラン戦争勃発後もこの傾向に変化は見られない(図の直近時点は26年5月)。一方、赤破線は一貫してマイナスであり、足元も購入数量の伸びの弱さに変化は見られない。

図11:家計の購買価格と購買数量

家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率

購買価格インフレ率を家計の年代別にみると(左図)、26年1月は、60代が最も高く、それとの対比では若年層は低い傾向があった。その後、60代のインフレ率が逐月、低下した一方、30代のインフレ率はあまり低下せず、足元(2026年5月)は30代のインフレ率が最も高くなっている。ただし、年代間の差は精々1%ポイントであり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、年代間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を年代別にみると(右図)、足元(2026年5月)は30代の伸び率が最も低く、30代のインフレ率が最も高いことと整合的である。ただし、他の月をみると、インフレ率と購買数量の伸び率の間に常に負の相関があるわけではない。購買数量の伸び率の年代間の差は、購買価格だけではなく、他の要因の影響も強く受けている。

図12:家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率

家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率

購買価格インフレ率を家計の所得階層別にみると(左図)、26年1月は、年収700万から900万の層が最も高く、2月以降についても、年収の高い層で高い傾向があった。足元(2026年5月)は全般にインフレ率が低下する中で、400万‐500万の層のインフレ率が高どまっている。ただし、インフレ率の格差は精々0.5%ポイント程度であり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、所得階層間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を所得階層別にみると(右図)、年収550万から700万の層のマイナス幅が相対的に大きい。ただし、購買価格インフレ率は所得階層間でさほど違わないことを踏まえると、購買数量の差異は購買価格では説明がつかず、別の理由によるものである。

図13:家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率

家計の節約行動:商品間と店舗間の代替

インフレ下における家計の節約行動の効果を計測するため、いくつかのインフレ指標を計測した。まず、家計の購買履歴データを用いて、約350社の小売企業それぞれについて商品別の単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した。右図の“Posted prices: Laspeyres”は、集計の際にラスパイレスのウエイトを用いた場合、また、 “Posted prices: Tornqvist”はトルンクビストのウエイトを用いた場合である。両者の差は、値上げ率の高い商品から低い商品への切り替えという、「商品間の代替」がもたらす節約効果を表している。次に、同じ購買履歴データを用いて、今度は、小売企業のそれぞれについて商品単価を算出するのではなく、小売企業全体での単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した(右図の“Effective prices: Tornqvist”)。この指標には、価格の安い店舗に消費者が移動する「店舗間の代替」の効果が反映されている。
「商品間の代替」の効果と「店舗間の代替」の効果を合計すると7.5%ポイントであり(右図を参照。推計期間は22年3月から26年3月まで)、節約効果が定量的に重要であることを示している。
上記のインフレ指標の足元(2026年5月)をみると(左図を参照)、“Posted prices: Laspeyres”と“Posted prices: Tornqvist”の差は1.0%ポイントと大きく、前月と対比でギャップは縮小していない。家計が「商品間の代替」による節約を引き続き積極的に進めていることを示している。一方、“Posted prices: Tornqvist”と“Effective prices: Tornqvist”の差は0.6%ポイントであり、こちらも縮小の兆しは見られない。「店舗間の代替」による節約が続いている。

図14:家計の節約行動:商品間と店舗間の代替

家計の店舗間スイッチング(1)

店舗間の代替による節約効果が起こる仕組みとして考えられるのは、インフレの進行→賃金の上昇が物価上昇に追いつかず実質賃金が低下→遠く離れた店舗への移動に要する時間の機会費用が低下→遠い店舗まで出むいて購買、というメカニズムである。2022年春以降、インフレが進む中で、実質賃金が低下し、遠くの店舗まで出向く家計が増えた可能性がある。
このメカニズムが実際に働いたか否かを調べるために、 “Effective prices: Tornqvist”と “Posted prices: Tornqvist”の両指標を各家計について算出した(計測時期は2024年)。左図の縦軸はそのように計算された2つの指標の差を示している。図の横軸は、同時期の“Posted prices: Tornqvist”を示している。上記のメカニズムが働いているとすれば、Posted price inflationの高い家計は実質賃金の低下も大きく、より積極的に店舗間代替を行うので、その結果、 “Effective prices: Tornqvist” が“Posted prices: Tornqvist”との対比で低くなるはずである。
推計結果をみると(左図)、Posted price inflationが高い家計ほど2つの指標の差が下がる傾向がある。詳しくみると、Posted price inflationが15%を超える、または-5%を下回る区間では、算出の対象となる家計の数が少ないので、結果は不安定であるが、‐5%から15%の区間(図の赤線で示した箇所)は右下がりの傾向がはっきり現れている(この区間では、Posted price inflationが1%高まると2指標の差が0.19%ポイント減少する傾向がある)。Posted priceが主として店舗側の要因で決まるとすれば、より高いインフレに直面した家計は、店舗間の代替をより積極的に行ったと解釈できる。

図15:家計の店舗間スイッチング(1)

家計の店舗間スイッチング(2)

店舗間代替による節約を積極的に行うか否かを決める要因のひとつは時間の機会費用である。例えば、現役世代と既にリタイアした世代を比べると、リタイアした世代は、遠くの店舗まで出かけるために要する時間コストが小さいので、店舗間代替をより積極的に行うと考えられる。
この点を確かめるために、2つのインフレ指標(“Effective prices: Tornqvist”と “Posted prices: Tornqvist”)の差を年代別に計算した(左図)。例えば、青の棒グラフは、各世代に属する家計からPosted price inflationが10%から15%の家計を抽出し、それらの家計について両指標の差を計算した結果を示している。リタイア世代である60代は両指標の差が確かに大きく、店舗間代替を積極的に行っていることを示している。しかし、20代及び30代の家計の店舗間代替は60代を大きく上回っており、「時間の機会費用が低い家計が店舗間代替を活発に行っている」という仮説に反している。
所得別にみると(右図)、両指標の差が最も大きく、店舗間代替に最も積極的なのは比較的所得の高い層(700-900万と900万超)であり、この結果も、店舗間代替の決定要因として時間の機会費用以外の要因が重要であることを示唆している。

図16:家計の店舗間スイッチング(2)

インフレの原因に関する家計の認識(1)

2022年春以降のインフレは何が原因で起きたのか。その点を家計がどう認識しているかを探るため、約20000の家計を対象に、インフレの原因として15の候補を提示し、それぞれについて、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」「わからない・答えたくない」から選択してもらった(調査時点は26年5月末)。
多くの家計がインフレの原因として指摘したのが戦争とそれに伴う原油高である。「原油高」「イラン戦争」「ウクライナ戦争」が上位を占めた。これに続くのが経済政策の失敗であり、「円安」「政府の財政政策」「日銀の金融政策」を挙げる家計が多かった。なお、「アベノミクス」については、「よく当てはまる」が多い一方で、「まったく当てはまらない」との回答も多く、意見のバラツキが大きい。
多くの家計は、今回のインフレを戦争など海外に由来するものと考えていること、そして、適切な経済対策が打たれないために、インフレが長引いていると考えていることを示している。
これに対して、インフレが国内の要因で起きているとの家計の確信はそれほど強くない。インフレの原因として「需要過多」を挙げる家計が少ないのは理解できるとして、「企業の貪欲な利益追求」や「企業の便乗値上げ」を原因として挙げた家計も少ない。企業を責める見方は少ないことを示している。また、「人手不足」「賃上げ分の価格転嫁」といった労働市場の要因でインフレが起きたとの見方も少ない。

図17:インフレの原因に関する家計の認識(1)

インフレの原因に関する家計の認識(2)

インフレの原因として提示した15の仮説を支持する家計と支持しない家計の間でインフレ予想がどの程度異なるかを調べた(調査時点は2026年5月末)。図の棒グラフは、それぞれの仮説を支持する家計のインフレ予想(の平均値)から支持しない家計のインフレ予想(の平均値)を差し引いた値を示している。
インフレ予想の差は、インフレの原因を経済政策の失敗(「財政政策」「金融政策」「アベノミクス」)とした回答者と、そうではないとした回答者の間で大きい傾向がある。ひとつの解釈としては、経済政策の失敗を原因とみなす家計は、そうした失敗は一過性ではなく、今後も続くので、継続的にインフレを引き起こすと考えている可能性がある。なお、「円安」については、インフレ予想の差はそれほど大きくない。これまでのインフレが円安によってもたらされたとみる回答者であっても、円安が今後さらに加速しそれに伴ってインフレも加速するとは考えていないことを示唆している。
次に、「企業の貪欲な利益追求」や「企業の便乗値上げ」といった企業のプライシングがインフレの原因とみる回答者は、そうでないと考える回答者との対比でインフレ予想が高い傾向がある。企業のプライシングを問題視する家計は、そうした問題が足元だけでなく、今後も続くと見ていることを示唆している。
一方、「人手不足」や「賃上げ分の価格転嫁」といった労働市場の要因を指摘する回答者のインフレ予想と、そうでないと考える回答者のインフレ予想の差は非常に小さい。こうした労働市場の要因は長く続かない、あるいは、長く続くとしてもそれがこの先のインフレに影響を及ぼす度合いは小さいと見ていることを示唆している。

図18:インフレの原因に関する家計の認識(2)

SCI®(全国消費者パネル調査)

全国15歳~79歳の男女70,000人の消費者から継続的に収集している日々の買い物データです。食品、飲料、日用雑貨品、化粧品、医薬品、タバコなど、バーコードが付与された商品について、「誰が・いつ・どこで・何を・いくつ・いくらで、購入したのか」という消費者の購買状況を知ることができます。

※SCIでは、統計的な処理を行っており、調査モニター個人を特定できる情報は一切公開しておりません。


調査概要

調査名  :物価に関するアンケート調査

調査内容:現在・将来の物価/賃金の認識、物価上昇時の行動、日々の消費行動、幸福度とその要因等

調査対象:ネットモニターおよび SCI® モニター

調査期間:2016年3月、2017年2月、2018年5月、2019年3月、2020年3月、2021年4月、2022年5月、2023年3月、2024年3月、2025年3月、9月〜2026年5月

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