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インテージ・インフレーション・トラッカー(26年5月)

渡辺努(ナウキャスト&東京大学)

庄司俊章(ナウキャスト&成蹊大学)


本レポートは、株式会社インテージ、株式会社インテージリサーチ、株式会社ナウキャストが共同で実施する、企業の価格設定行動に関する研究プロジェクトの成果物である。また、本レポートに含まれる研究成果の一部は、日本学術振興会(基盤研究A、「長期デフレの原因・帰結・経済厚生」、課題番号:23H00046)及びキヤノングローバル戦略研究所から支援を得た。

今月のポイント


1.店舗の販売価格をもとに算出するCPINOWは、昨年夏以降、インフレ率の減速傾向を示している。イラン戦争の勃発後も減速傾向に変化は見られない(図2)。家計の購買履歴データをもとに算出した家計の購買価格も同じくインフレの減速傾向を示している(図16)。


2.2022年春に始まった今回のインフレ局面では、店舗の販売価格と販売数量の間に負の相関があり、インフレ率の変動が総供給ショックによって起きたことを示唆している。しかし、昨年夏以降のインフレ減速局面では、インフレ率が低下する一方、売上数量の伸び率の明確な改善が見られず、負の相関が弱まっている(図2)。負の相関の弱まりは、26年入り後に顕著である。足元のインフレ減速は、総供給ショックだけでなく総需要ショックも影響している可能性を示唆している。この間、家計の購買履歴データでみた購買数量は前年を僅かに下回る動きが続いている(図16)。


3.イラン戦争の勃発直後から、「日用紙製品」(トイレットペーパー)や「調理・キッチン用品」(食品ラップ)など一部の品目で駆け込み的な売上増がみられる(図4)。ただし、これらの品目の価格は需要増にもかかわらず、これまでのところ、さほど上がっていない。トイレットペーパーの需要増と価格上昇が同時に起きた第1次石油危機のときとは異なっている。


4.家計のインフレ予想は、イラン戦争の勃発とともに高まり、先行きのインフレ率を10~20%、あるいは20%超と見込む家計の割合が、顕著に増加した(図7)。日本を含む4か国に同一の質問を行った結果をみると、日本の家計のインフレ予想は、現時点で、米国など他の3ヵ国とほぼ同水準である(図9)。


5.賃金の先行きに関する家計の予想は、イラン戦争の勃発後、大きな変化は見られないものの、どちらかと言えば悪化しつつある(図10)。イラン戦争が年後半以降の雇用環境、特に来年の春闘に悪影響を及ぼすと家計が予想している可能性がある。


6.実質賃金の先行きに関する家計の予想は、物価に関する予想がイラン戦争で大きく上振れたことを反映して、一段と悪化している(図12)。米国など他国でも、イラン戦争勃発後、悪化しつつある(図13)。ただし、悲観的な見方は日本ほどに多くない。


7.家計は、今回のインフレ局面において、「どの商品を買うか」、「どの店舗で買うか」を見直すことにより支出を抑制する行動をとった。節約行動には、(1)値上げ率の高い商品から低い商品への切り替えという「商品間の代替」と、(2)値段の高い近場の店舗を避け、遠くても値段の安い店舗まで出向くという「店舗間の代替」がある。家計の購買履歴データを用いた試算によれば、店頭での販売価格は、累積で20%上昇したが、家計の節約行動により、実勢価格の上昇は12.5%にとどまった(このうち、商品間代替の寄与は4.7%、店舗間代替の寄与は2.8%)。総務省の公表するCPIではこの2種類の「代替」のどちらも十分に考慮されていないので、インフレの実勢を過大評価している可能性がある(図20)。


インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合

約50,000の家計の購買履歴データを用いて、家計ごとのインフレ率をトルンクビスト方式で計測し、全家計のうちでインフレ率が日銀の目標である2%を超える家計の割合を算出した(図の赤線)。一方、企業については、食料品や日用雑貨などの消費財を製造販売しCPINOWに含まれる企業約6000社について、各企業が扱う全商品を対象としてその企業のインフレ率をトルンクビスト方式で計測した上で、全企業のうちでインフレ率が2%を超える企業の割合を算出した(図の青線)。
インフレ率2%を超える家計の割合は50.9%(2026年4月時点)、同じく2%を超える企業の割合は54.8%(2026年4月時点)であり、昨年夏以降、どちらも低下傾向にあるが、なお過半を占めている。2%を超えるインフレが家計と企業に広く浸透していることを示している。
ただし、家計と企業を比べると、23年の企業のピークは65%であり、25年のピークも64%とほぼ同水準であるのに対して、家計のピークは23年が75%、25年が56%と大幅に下がっている。インフレ局面において、家計は、値上げ商品から値上げしていない商品へとシフトすることに加えて、購入チャネルについても、同じ商品を安く売る店舗に切り替えるといった、節約行動をとる。25年はそうした節約行動が強まり、家計サイドのインフレ率を抑えた可能性を示唆している。

図1:インフレ率が2%を上回る家計と企業の割合

価格と数量の相関

CPINOWで測ったインフレ率(図の赤の折れ線グラフ)をみると、今回のインフレには2つの波があったことがわかる。最初の波は22年春から24年夏まで(ピークは23年夏)であり、第2の波は24年夏以降(ピークは25年夏)。現在は第2の波の減速局面にある。最初の波は米欧のインフレの日本への流入に伴うものであり、第2の波は主として国内要因(賃上げとコメ価格上昇)に起因するものである。
CPINOWの対象店舗における売上数量の前年比(青い棒グラフ)とインフレ率(赤線)の相関をみると、インフレが加速する局面では数量の伸びが鈍化する一方、インフレの減速局面では売上数量の伸びが改善する傾向がある。つまり、価格と数量の間には負の相関がある。
インフレが総需要曲線のシフトによって起きている場合は、価格と数量の相関の間に正の相関が観察される。一方、総供給曲線のシフトによって起きている場合は、負の相関が観察される。実際に観察された相関が負という事実は、2度の波をドライブしたのが総需要ではなく総供給ショックであることを示している。
ただし、25年夏以降のインフレ減速局面では、インフレ率が低下する一方、売上数量の伸び率の明確な改善が見られない。負の相関の弱まりは、特に、26年入り後に顕著であり、この傾向は26年4月も変わらない。足元のインフレ減速は、総供給ショックだけでなく総需要ショックも影響している可能性を示唆している。

図2:価格と数量の相関

企業規模別のインフレ率

スーパー等で販売される商品(食品や日用雑貨)に付されているバーコードの情報を利用することで、例えば、日清食品の販売するすべての商品を集めて日清食品のインフレ率を推計することができる。この方法で約6,000社の企業について企業別のインフレ率をトルンクビスト方式で推計し、それを売上金額の大きい順に500社ずつグループ分けして企業規模別のインフレ率を算出した(期間は2021年4月から26年4月まで)。
左図をみると、トップ500社の企業のインフレ率(5年間の累積)は20.7%であり、それに次ぐ500社は17.4%と、それ以下の順位の企業を大きく上回っている。つまり、大企業(売上金額の大きい企業)のインフレ率は中小規模の企業との対比で高い傾向がある。今回のインフレ局面では、大企業がその高い価格支配力を活かして値上げを進め、主導的な役割を果たしてきたことを示唆している。
企業規模別のインフレ率の推移をみると(右図を参照)、22年春から24年春までの第一波ではインフレ率が企業規模に依存する傾向が強かった。例えば、第一波のピーク(23年夏)時のインフレ率は、上位100社は7.7%であったのに対して、上位500社は6.5%、上位1000社は5.9%と顕著な差があった。これとの対比では、第二波における規模間の差は小さい傾向がある。第二波のピーク(25年夏)時のインフレ率は、上位100社、500社、1000社でほとんど差がなかった。また、足元(2026年4月)も、上位100社と上位500社の差がほとんど見られない。第二波以降は、大企業だけでなく、中堅企業も、コスト増を価格に転嫁できるという意味でのプライシングパワーを強めた可能性がある。

図3:企業規模別のインフレ率

イラン戦争勃発後の駆け込み購入

スーパー等の店頭における売上金額をCPINOWでみると、全体としては停滞を続けているものの、一部の品目はイラン戦争勃発後の26年3月初めから売上が急増している。
左図は「日用紙製品」であり、青の棒グラフで示した売上の前年比が戦争勃発直後から急増していることがわかる(図のグレーのシャドーは戦争勃発後の時期を示す)。1973年の第1次石油危機や地震等の災害時にはトイレットペーパーの需要が急増したが、今回も同様の現象が起きている。一方、右図は「調理・キッチン用品」であり、食品用ラップを中心に戦争勃発後、売り上げが急増している。
これらの売上増加は、この先、品薄となることを見越して、家計が家庭内在庫を積み増す行動をとっていることを示唆している。ただし、これら品目の価格は需要増にもかかわらず、これまでのところ、さほど上がっていない。左図の赤線は「日用紙製品」のインフレ率であるが、戦争の起こる前と後で目立った差は見られない。トイレットペーパーの需要増と価格上昇が同時に起きた第1次石油危機のときとは大きく異なっている。一方、右図の赤線で示した「調理・キッチン用品」のインフレ率は、戦争勃発直後はマイナスであったが、徐々にマイナス幅が縮小し、4月末以降はプラスに転じている。ただし、プラス幅は今のところ小さい。
やや懸念されるのは、「調理・キッチン用品」の売上の伸びが4月末以降、縮小している点である。2024年の米騒動の際には、コメの店頭在庫が払底し、売上が急減した(詳しくは、渡辺努『インフレの時代』第6章を参照)。類似の現象と断定するのは早計だが、注視が必要である。

図4:イラン戦争勃発後の駆け込み購入

インフレに関する家計の「実感」と「予想」

約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば、1年前と比べて物価が「かなり上がった」との回答が26年4月時点で69%を占めており(図の青い棒グラフ)、「体感インフレ」が高いことを示している。
イラン戦争の勃発直前の26年2月は66%であったが、勃発直後の3月は70%に上昇し、4月もほぼ同じ水準を維持している。イラン戦争が体感インフレを高めているのは事実だが、戦争の影響で消費者が実際に目にする価格が上がる状況にはなっておらず、そのため、「体感インフレ」の上昇は小幅にとどまっている。
一方、先行き1年間の物価に関する予想については、「かなり上がるだろう」との回答がイラン戦争の勃発とともに急速に増えている(図の赤い棒グラフを参照。26年2月の33%から3月は46%に増加)。多くの消費者が将来のインフレ加速を懸念していることを示している。

図5:インフレに関する家計の「実感」と「予想」

ガソリン消費の有無とインフレ予想

イラン戦争に伴う原油価格の上昇は、家計のインフレ予想の上昇(石油関連だけでなく、商品全般の価格が上昇するとの予想)を誘発する可能性がある。その経路としては、(1)石油関連製品の値上げを実際に「経験」することが契機となってインフレ予想が上がる(「経験」効果)、(2)実際に値上げを経験することはないがメディア等で値上げの情報に接することがきっかけでインフレ予想が上がる(「情報」効果)が考えられる。
インフレ予想が上昇したか、上昇したとすればこの2つの効果のどちらなのかを知るために、ガソリンを消費する家計と消費しない家計の間でインフレ予想がどのように異なるかを調べた(調査時点は2026年4月末)。
図の赤色で示した棒グラフは10%以上のインフレを予想した家計の割合を示しており、ここから、(1)ガソリンの購入頻度にかかわらず、2026年2月の数字よりも高い、(2)ガソリンの購入頻度別にみると、ガソリンを頻繁に購入する家計で最も高く、購入頻度が下がるにつれて割合が下がる、という傾向が確認できる。(1)の結果は「情報」効果が働いていることを、また(2)の結果は「経験」効果が働いていることを示している。なお、同様の傾向は26年3月末に実施した調査でも確認されていた。
3月19日出荷分からガソリン補助金が再開されており、ガソリンを頻繁に購入する家計が、現時点で、実際に値上げを「経験」しているわけではない。それにもかかわらず頻繁に購入する家計のインフレ予想が高いという事実は、ガソリン補助金の持続性可能性に疑念を抱いている可能性を示唆している。

図6:ガソリン消費の有無とインフレ予想

家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」

約20,000の家計を対象としたアンケート調査によれば、インフレ予想は徐々に低下する傾向にあったが、イラン戦争勃発後の26年3月は(調査時点は3月末)、「10‐20%」、あるいは「20%超」といった高いインフレを見込む家計が顕著に増加した。26年4月(調査時点は4月末)は、「10‐20%」と「20%超」が僅かではあるがさらに増えており、インフレ予想の上昇を示している。
図の赤線は、家計の購買履歴データを用いて各家計のインフレ率を算出した結果を示している(計測時点は2024年)。インフレ率2-5%の辺りにピークがあり、今回のインフレ局面で多くの家計がその程度のインフレを経験してきたことを示している。また、赤線はインフレ予想の分布との対比では左に位置しており、インフレに関する各家計の「予想」が、各家計が実際に「経験」してきたインフレ率を大きく上回っていることを示している。
赤線は各商品のインフレ率を集計する際のウエイトとして支出金額のシェアを用いている。しかし、家計のインフレ予想は頻繁に買う商品の価格に影響を受けるという見方がある。この可能性を考慮するため、図の緑線では、各商品の購入頻度をウエイトとして用いた(計測時点は同じく2024年)。インフレ率は幾分高くなっているが、引き続き予想インフレ率を大きく下回っており、家計のインフレ予想の高さは購入頻度では説明がつかない。
これらの結果は、インフレについて家計が「実際に感じていること」や「これからどうなると思っているか」が、購買履歴データから計算した数字だけでは、十分に捉え切れていないことを示唆している。

図7:家計のインフレ「経験」とインフレ「予想」

家計のインフレ予想の国際比較(1)

各国の家計を対象としたアンケート調査によると(左図、2026年5月に実施)、この先1年間で物価が「かなり上がる」と見ている家計の割合(青の棒グラフ)は日本では48%であり、他の国もほぼ同水準にある。一方、物価がこの先「据え置き」と見ている家計の割合(赤の棒グラフ)は日本では7%と僅かであり、これも他国と大きく異ならない。日本のデフレ期には「据え置き」の予想が3割超を占めたが、2022年以降は米欧と大きく異ならない状況が続いている。
イラン戦争勃発前の2025年12月に実施した調査と比較すると、当時は、「かなり上がる」の割合が各国で30%台であったが、戦争勃発後は40%を大きく上回っており、インフレ予想の上昇が顕著である。

図8:家計のインフレ予想の国際比較(1)

家計のインフレ予想の国際比較(2)

イラン戦争勃発後の各国のインフレ予想を比較すると(左図、調査時点は2026年5月)、10%を超えるインフレを予想する回答者の割合(オレンジの棒グラフ)は、日本で43%、米国で41%と、各国で高水準となっている。20%超の高インフレを予想する回答者も各国で1割を超えている。日本と他国の差はほとんどなく、戦争勃発が日本を含む各国のインフレ予想を一律に引き上げていることを示している。
ガソリンの購入頻度とインフレ予想の関係をみると(右図、調査時点は2026年5月)、例えば、英国では、5%超のインフレを予想する割合は、「ガソリンを頻繁に購入する」消費者では75%であり、購入頻度の低い消費者と比べてインフレ予想が高い傾向がある。同様の傾向は各国で確認できる。
米国、英国、カナダでは、ガソリン価格が上昇しており、ガソリンの値上げを実際に「経験」した消費者がインフレの先行きに関する予想を引き上げている可能性がある。これに対して日本では、3月19日出荷分からガソリン補助金が再開されており、ガソリンを頻繁に購入する消費者が、現時点で、実際に値上げを「経験」しているわけではない。日本と他国で「経験」の違いがあるにもかかわらず、インフレ予想の高まりはほぼ同じという事実は、値上げを「経験」することでインフレ予想が高まるとする「経験効果」では説明がつかない。

図9:家計のインフレ予想の国際比較(2)

自らの賃金に関する家計の予想

約20,000の家計を対象とするアンケート調査で自分の賃金が1年前と比べてどう変化しているかを尋ねると、21%の家計が「賃金は上昇した」と回答(26年4月末時点)。足元の賃金が上昇していると認識する家計の割合は23年3月以降、徐々に増えてきている。23年の春闘以降、高い賃上げが実現していることを反映している。
一方、自分の賃金の先行きに関する設問では、自分の賃金がこの先1年間で上昇するとの回答は15%にとどまっている(26年4月末時点)。イラン戦争勃発直前の26年2月は17%であったが、勃発後は16%(26年3月)→15%(26年4月)と、僅かではあるが下がってきている。イラン戦争が来年の春闘に悪影響を及ぼすと家計が予想している可能性がある。

図10:自らの賃金に関する家計の予想

家計の賃金予想の国際比較

各国の家計を対象としたアンケート調査によると(左図、2026年5月に実施)、日本では、この先1年間で自分の賃金が「据え置き」とみる家計が突出して多く、割合は59%に達している(赤の棒グラフ)。他国でも「据え置き」との見方は少なくないものの、その割合は50%未満であり、日本ほどではない。一方、自分の賃金が「かなり上がる」とみる家計は日本では僅か2%であり(青の棒グラフ)、10%を超える家計が「かなり上がる」と回答する他国と大きな開きがある。日本の家計は自分の賃金の先行きについて、米欧との対比で、悲観的であることを示している。
イラン戦争勃発前の調査結果と比較すると(右図、調査時点は2025年12月)、日本では「かなり上げる」、「上がる」の割合が戦争前よりさらに低くなっている。日本以外の3か国は、戦争勃発前との差は僅かではあるが、日本と同様、賃金上昇が鈍るとの見方が多少増えている。

図11:家計の賃金予想の国際比較

自らの実質賃金に関する家計の予想

約20,000の家計を対象としたアンケート調査で尋ねた「自分の賃金の先行き」に関する回答(図10)を「物価の先行き」に関する回答(図5)と組み合わせることにより、実質賃金の先行きに関する予想を調べた。例えば、先行きの賃金は「据え置きだろう」と回答した家計が、先行きの物価について「かなり上がるだろう」と回答した場合、実質賃金については「下がるだろう」との予想と解釈した。
26年4月時点では、85%の家計が実質賃金の低下を予想しており、実質賃金据え置きの予想が13%、実質賃金上昇の予想が2%であり、実質賃金に関して悲観的な見方が非常に多い。イラン戦争勃発前の26年2月と比べると、賃金の先行きに関する見方が僅かではあるが悪化する一方(図10を参照)、先行きの物価がかなり上がるとの見方が増えており(図5を参照)、その結果、実質賃金が下がるとの悲観的な見方が顕著に増えている。
なお、ウクライナ戦争の勃発直後の22年5月も実質賃金の予想が顕著に悪化したが、このときも、賃金の先行きに関する見方が僅かに悪化する一方、先行きの物価が上がるとの見方が急増した。ウクライナ戦争とイラン戦争は、同じメカニズムで実質賃金の先行きに関する家計の予想を悪化させたことを示唆している。

図12:自らの実質賃金に関する家計の予想

家計の実質賃金予想の国際比較

家計の実質賃金に関する予想を他国と比較すると(左図、調査時点は2026年5月)、例えば英国では、10%の家計が自らの実質賃金がこの先「上がる」と回答しており、「据え置き」が32%となっている。一方、自分の実質賃金が「下がる」とみている家計の割合は58%である。「上がる」「据え置き」は楽観的、「下がる」は悲観的とすれば、楽観と悲観が4対6の割合である。英国と比べると米国は楽観が多く、カナダは悲観が多い。
これに対して日本は、「上がる」とみる家計は僅か3%、「据え置き」と合わせても16%である一方、「下がる」は85%と、他国と比べて悲観が極めて多い。日本の家計のインフレ予想は他国とほぼ同水準である(図8を参照)のに対して、自らの賃金の先行きについては厳しいとみる割合が他国と比べて多く(図11を参照)、この結果、実質賃金に関する予想が他国との対比で低くなっている。
イラン戦争の勃発前の結果と比較すると(右図、調査時点は2025年12月)、日本の家計の実質賃金に関する予想は悲観がさらに増えている(78%→85%)。他の3ヵ国でも、悲観が増加する傾向がある(米国:44%→52%、英国:51%→58%、カナダ:59%→65%)。

図13:家計の実質賃金予想の国際比較

家計の値上げ耐性

約20,000の家計を対象としたアンケート調査で、「馴染みの店でいつも買っている商品の値段が10%上がった」との状況設定の下で、どう対応するかを尋ねた。具体的には、「何も変わらない。それまでと同じように、その店でその商品を同じ量、買い続ける」という対応に対して、「よく当てはまる」「当てはまる」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」という4つの選択肢を示して尋ねた(それぞれが図の横軸の1、2、3、4に対応)。同様に、「その商品をその店で買うのをやめる。その商品を値上げせずに売っている別な店を探す」という対応に対して当てはまるか否かを尋ねた。
「何も変わらない」との対応への回答をみると(左図)、21年4月の調査では、「当てはまる」が40%に対して「あまり当てはまらない」が47%と、否定的な見方が多かった。一方、「他店に移る」という反応への回答をみると(右図)、21年4月の調査では、「よく当てはまる」「かなり当てはまる」が多かった。デフレ期には、値上げに直面すると他店に逃げる家計が多かったことを示している。
この傾向に変化が見られたのが22年5月であり、「他店に逃げる」が減る一方で「何も変わらない」が増えた。22年2月のウクライナ戦争勃発を契機として、値上げに直面しても逃げない傾向、つまり、値上げ耐性が強まったと解釈できる。
ただし、値上げ耐性の強さは、25年3月調査以降、徐々に弱まる傾向がある。例えば、「何も変わらない」に対して「当てはまる」と回答した人の割合は徐々に低下する一方、「他店に逃げる」に対して「当てはまる」と回答した人の割合は徐々に増えており、デフレ期(21年4月)のレベルに迫っている。
イラン戦争勃発の前後でみると、「何も変わらない」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合は、48%(26年2月)→46%(3月)→47%(4月)とほぼ横這いである。一方、「他店に逃げる」が「よく当てはまる」または「当てはまる」と回答した人の割合も、57%(26年2月)→56%(3月)→56%(4月)とほぼ横這いである。ウクライナ戦争直後は値上げ耐性が顕著に高まったのと対照的である。

図14:家計の値上げ耐性

値上げ耐性の国際比較

家計の値上げ耐性を各国で比較すると(左図、調査時点は2026年5月)、馴染みの店でいつも買っている商品の値段が10%上がった場合、日本の家計の47%はその店でそのまま買い続けると回答し、53%はその店では買わず、(以前と同じ価格で売っているであろう)他店に向かうと回答している。一方、カナダは、他店に向かう割合が55%で日本と大きな差はないが、米国は46%、英国は48%と日本よりかなり低い。日本の家計の値上げ耐性は米国や英国の家計との対比で弱いことを示している。
イラン戦争勃発の前後で比較すると(中央の図、調査時点は2025年12月)、日本の家計の値上げ耐性は僅かながら弱まっている。他の3ヵ国は、他店に向かう割合が顕著に高まっており、戦争勃発に伴って値上げ耐性が弱まっていることを示している。

図15:値上げ耐性の国際比較

家計の購買価格と購買数量

約20,000の家計の購買履歴データを用いて家計が購買する価格に関するインフレ率をトルンクビスト方式で算出すると(図の青線)、23年夏をピークとする第1波と25年春をピークとする第2波があり、現在は第2波の減速局面にあることが確認できる。スーパー等の店頭での販売価格と概ね同じ推移を辿っている(図2を参照)。ただし、第1波の販売価格のピーク時のインフレ率は8%であったのに対して購買価格の方は5.5%と開きがある。第2波についても同様で、ピーク時の販売価格インフレは6.8%であったのに対して購買価格は4%と開きがある。家計の購買価格には、近場の店舗の値段が高い場合、遠くても値段の安い店舗まで出向くといった、家計の節約行動が反映されているためと考えられる。
赤の実線は家計の購買数量の前年比であり、赤の破線は当月と前年の同じ月の両方の時点で存在する商品を対象として購買数量の変化率を表している(インフレ率の計算では両時点で存在する商品を対象としているのでそれと平仄を合わせるため)。これに対して、赤の実線は当月と前年の同月のどちらか片方にしか存在しない商品も購買数量の変化率を計算する際の対象としている。
赤実線をみると、購買数量は23年秋までは前年を上回っていたが、その後は前年を僅かではあるが下回って推移している。イラン戦争勃発後もこの傾向に変化は見られない(図の直近時点は26年4月)。一方、赤破線は一貫してマイナスであり、足元も購入数量の伸びの弱さに変化は見られない。

図16:家計の購買価格と購買数量

家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率

購買価格インフレ率を家計の年代別にみると(左図)、26年1月は、60代が最も高く、それとの対比では若年層は低い傾向がある。この傾向は、2月以降も続いている。ただし、年代間の差は精々1%ポイントであり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、年代間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を年代別にみると(右図)、全般的な傾向として、30代から50代の伸び率が最も低い。ただし、購買価格インフレ率は年代間で違わないことを踏まえると、購買数量の年代間の差異は購買価格では説明がつかず、別の理由によるものである。

図17:家計の年齢別にみたインフレと購買数量変化率

家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率

購買価格インフレ率を家計の所得階層別にみると(左図)、26年1月は、年収700万から900万の層が最も高く、2月以降についても、年収の高い層で高い傾向がある。ただし、インフレ率の格差は精々0.5%ポイント程度であり、家計別インフレ率の標準偏差が4%ポイント超と極めて大きいことを踏まえると(26年4月レポートの図16を参照)、所得階層間のインフレ格差は小さい。
次に、購買数量の伸び率を所得階層別にみると(右図)、年収550万から700万の層のマイナス幅が相対的に小さい。ただし、購買価格インフレ率は所得階層間でさほど違わないことを踏まえると、購買数量の差異は購買価格では説明がつかず、別の理由によるものである。

図18:家計の所得別にみたインフレと購買数量変化率

家計の節約行動(1)家計の購入チャネル別のインフレ率

店舗の販売価格と家計の購買価格との間にはギャップがあり、購買価格でみたインフレ率は販売価格でみたインフレ率を下回る傾向がある(図2及び図16を参照)。インフレ期において家計は、支出をできるだけ抑えるべく、「どの商品を買うか」、「どの店で買うか」を見直す。この節約行動がギャップを生む。
節約行動のひとつは購入する店舗の代替である。例えば、近場の店舗の値段が高い場合、遠くても値段の安い店舗まで出向く。こうした店舗間代替について調べるため、家計の購買履歴データに含まれる「各家計がどの商品をどの小売企業で購入したか」という情報を利用した。なお、ここでの「小売企業」とは、例えば、「イオン」の各店舗ではなく、全店舗の統合体を指す。
左図は、約350の小売企業について、今回のインフレ局面(2022年3月から26年3月)における累積インフレ率を計算した結果をヒストグラムで示している。最頻値は20%だが、30%あるいはそれ以上の高いインフレ率の小売企業、その逆に、インフレ率10%未満という小売企業も少なくない。小売企業間のインフレ率の格差は非常に大きい(標準偏差は21%ポイント)。
次に、約350の小売企業をスーパー、コンビニ、ドラッグストアなどの購買チャネルに分類し、購買チャネル別のインフレ率を算出すると(右図)、通期(22年3月から26年3月、緑の棒グラフで表示)では、スーパー(累積インフレ率19%)やホームセンター(17%)が高い一方、コンビニ(8%)やオンライン(11%)が低く、購買チャネル間でも格差が大きい。また、インフレ局面の前半(22年3月から24年3月)と後半(24年3月から26年3月)に分けると、購買チャネル間の格差は特に前半で顕著だったことが確認できる。
小売企業間および購入チャネル間でインフレ率の格差が大きいという事実は、家計による節約の余地も大きいことを意味する。

図19:家計の節約行動(1)家計の購入チャネル別のインフレ率

家計の節約行動(2)「表示価格」と「実勢価格」のギャップ

家計の節約行動の効果を計測するため、いくつかのインフレ指標を計測した。まず、家計の購買履歴データを用いて、約350社の小売企業それぞれについて商品別の単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した。左図の赤で示した棒グラフの“Posted prices: Laspeyres”は、集計の際にラスパイレスのウエイトを用いた場合、また、 “Posted prices: Tornqvist”はトルンクビストのウエイトを用いた場合である。累積インフレ率は、前者が20.0%、後者が15.3%であり、4.7%ポイントの差がある。この差は、値上げ率の高い商品から低い商品への切り替えという、「商品間の代替」がもたらす節約効果を表している。
次に、同じ購買履歴データを用いて、今度は、小売企業のそれぞれについて商品単価を算出するのではなく、小売企業全体での単価を算出し、その変化率を集計することでインフレ指標を作成した(左図の“Effective prices: Tornqvist”)。この指標では、先ほどの指標と異なり、価格の安い店舗に消費者が移動する可能性が考慮されており、その意味で「店舗間の代替」の効果が反映されている。累積インフレ率は12.5%であり、 “Posted prices: Tornqvist”と比べると、さらに2.8%ポイント低い。
「商品間の代替」の効果と「店舗間の代替」の効果を合計すると7.5%ポイントとなる。節約効果が定量的に重要であることを示している。
総務省CPIでは2種類の「代替」のどちらも考慮されていない。総務省の公表値を用いて、食品や日用雑貨などPOSデータでカバーされる商品に限定して累積インフレ率を計算すると27.0%となるが(左図の最上段を参照)、2種類の代替による節約効果を加味した実勢は20%を下回る可能性がある。
なお、CPINOWは、トルンクビスト方式で算出されているため、商品間の代替は考慮されている。一方、店舗間の代替は考慮されておらず、その分、上方バイアスをもつ。

図20:家計の節約行動(2)「表示価格」と「実勢価格」のギャップ

SCI®(全国消費者パネル調査)

全国15歳~79歳の男女70,000人の消費者から継続的に収集している日々の買い物データです。食品、飲料、日用雑貨品、化粧品、医薬品、タバコなど、バーコードが付与された商品について、「誰が・いつ・どこで・何を・いくつ・いくらで、購入したのか」という消費者の購買状況を知ることができます。

※SCIでは、統計的な処理を行っており、調査モニター個人を特定できる情報は一切公開しておりません。


調査概要

調査名  :物価に関するアンケート調査

調査内容:現在・将来の物価/賃金の認識、物価上昇時の行動、日々の消費行動、幸福度とその要因等

調査対象:ネットモニターおよび SCI® モニター

調査期間:2016年3月、2017年2月、2018年5月、2019年3月、2020年3月、2021年4月、2022年5月、2023年3月、2024年3月、2025年3月、9月〜2026年4月

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